トヨタと言えば・・。

新型プリウスphvを購入するに当って一番心配なのは故障。デュアルモーターや数々のバッテリーの数。安全対策の為のセンサー類。故障の有無も全て公開しますよ。一番安い充電方法や電気の契約メニューや電気工事などは全てクリアしていますから心配なのは故障だけなんです。故障については信頼のトヨタですから大丈夫かと想うのですけどね。

信頼性のトヨタと言えば自然の厳しい地域で圧倒的な支持を得ているトヨタランドクルーザー!シベリアや砂漠で人気ありますよね。

(砂漠に行ったこと無いので見たことは無いのですけどね)

そのトヨタランドクルーザーが如何に生まれて信頼を得るようになったのかトヨタさんのホームページにちゃんと載ってましたからブログります。

そのなも「ランドクルーザーの哲学」ですね。

■トヨタジープBJ型の誕生

1950年、当時の米軍と警察予備隊からの要請を受け、トヨタでは小型四輪駆動車の開発に着手し翌年1月に試作車が完成した。そしてこの車両には「トヨタジープ」と名付けられた。

ランドクルーザーの歴史は、第二次世界大戦後間もない1950年に始まる。1945年8月15日、日本はポツダム宣言を受諾して終戦を迎えた。其の直後、当時の東内閣は軍人の退職金や軍需産業に対する損失補償等のため、大量の赤字公債による臨時軍事費の支出を認めた。さらに軍需から民需産業への転換資金として、銀行貸付金が増大していった。こうして通貨が大量に出回ったことが戦後の困難な経済条件と絡み合い、猛烈なインフレが進行して国民生活は混乱を極めたのである。

1946年には預金封鎖や戦時補償の打ち切りを決定するなど、政府によってインフレ防止策が取られ、生産物資は配給統制の下に行われた。しかしインフレは一向に納まる気配を見せなかった。

さらに1948年には米ソの対立が深刻化し、毛沢東率いる中国共産党が華北民主連合政府を樹立、北朝鮮の金日成が朝鮮民主主義人民共和国の成立宣言を行なうなど共産主義の脅威が顕在化し、国際情勢も流動的になってきた。この頃トヨタの生産内訳を見ると、トラックやパーツ、自動車修理に加え、洗面器・やかん・コーヒーポットの品目を見ることが出来る。

この年の12月、日本を極東における自由主義陣営の砦とすべく、アメリカは日本の早期自立化を目指して経済9原則を命令した。この経済安定策は翌年来日したドッジ公使によって実施されたため、一般的に「ドッジ・ライン」と呼ばれている。この超緊縮制作によって悪性インフレは収まったものの、急激な政策転換は生産活動の鈍化をもたらし、産業界はより深刻な不況を迎えることになった。

この不景気は自動車産業を直撃し、資金繰りが苦しくなって、生産計画の修正や人員整理を余儀なくされた。これによって労働争議が頻発し、トヨタでも1950年4月に最大規模の労働争議が起こった。そして豊田喜一郎社長をはじめほとんどの役員が経営責任をとって退任する中、ようやく6月に争議が集結した。

しかし、争議期間中の生産は落ち込み、毎月数百台程度の生産しか達成できなかった。トヨタにとってどん底の時代である。この年の6月25日、突然北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)が韓国に武力進行し朝鮮戦争が勃発した。

前置きが長いな・・。

米軍を主体とする連合軍の占領下にあった日本は、この戦争における補給基地の役割を演じ、一気に軍需物資の生産がフル稼働状態となった。占領軍在兵站本部からも、大量の軍用トラック発注があったのである。これがいわゆる「朝鮮特需」である。またこの戦争がきっかけで、連合軍の負担を減らして日本独自の防衛力を養う目的から、警察予備隊(自衛隊の前身)が創設されることになった。

創設時はすべての装備を米軍に頼った警察予備隊だが、すぐに装備の国産化が求められるようになった。また、今後も継続的にアジア地区で必要とされる軍用車両を、日本から調達しようとする米軍の思惑もあって、日本の自動車メーカーに小型四輪駆動トラック等の試作が要請された。

これを受けてトヨタは、同年8月から設計を開始し、翌1951年1月に試作車を完成させた。以前トヨタでは、戦時中に陸軍がマレーシアで獲したバンタムを参照し、AK10という小型四輪駆動車を作ったことがある。

試作車はこの経験を生かし、4トントラック用のB型ガソリンエンジン(水冷直列6気筒・3,386cc)とSB型1トントラック用のシャシーを組み合わせたものであった。 当時、占領軍が大量に持ち込んだジープが日本国内を走り回っていたので、ジープは四輪駆動車の代名詞となっていた。そこでトヨタでは、この試作車に「トヨタジープ」と命名し、B型エンジンとジープ型シャシーの組み合わせを表すBJという型式名を与えたのである。ちなみにこのときの要請に応え、日産では「パトロール・4W60」を試作している。

しかし、結果的に警察予備隊の車両として採用されたのはジープであった。敗れたトヨタジープBJ型は同年7月、国家警察(警察庁の前身)関係者立ち会いのもとで平一郎テストドライバーによる走行テストを実施し、さらに富士山6合目まで走破するという快挙を成し遂げた。このテストの好結果を受けて、翌8月に国家警察のパトロールカーとして採用されることが決まったのである。

しかし、実際にトヨタジープの量産が開始されたのは1953年8月からであった。採用決定から生産まで2年もの月日が流れたが、それは仕様決定や価格折衝に時間がかかったことと、発注が年度ごとという官公庁らしい事情によるものである。ちなみにこの年、298台のトヨタジープBJ型がラインオフしている。その後、国家警察のパトロールカー以外にも、林野庁や電力会社などに納入されるようになった。

翌1954年6月、ジープという呼称はウイリス社の商標権に抵触することから、当時トヨタの取締役技術部長:梅原半二氏によって、この四輪駆動車に改めて「ランドクルーザー」という名前が与えられた。それは世界のライバルに対抗し、充分な勝算を得た自信の上に名付けられた壮大な名前である。

自動織機の発明に人生を捧げた豊田佐吉。この父の頭脳と行動力を受け継ぎ、自動車事業に人生を賭けた豊田喜一郎。彼の「世界に通用する自動車を作りたい」という大きな夢に向かって、今ここにトヨタはその第一歩を踏み出したのである。

ということでとりあえずランドクルーザーが生まれるきっかけを書きました。

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